2008年10月05日

鹿児島市の西郷さんの銅像とマント

鹿児島市の西郷さんの銅像とマント
昨日は、鹿児島市城山町の西郷隆盛の銅像のすぐ横にお店が有る、大島紬の(株)夢創庵を尋ねてみました。
西郷さんの生誕180年にあたる昨年12月7日に、西郷さんの銅像建立70年の古希祝いとして、大島紬で作ったマントを着せようと言う運動をされた、能勢さんにお会いする為でした。当日は草の根世直し隊の岩井さんや西さんと連れ立って訪問しました。
能勢さんには快く面会に応じていただき、西郷さんに対する尊敬の思いや、現代の私たちが西郷さんや当時の偉人から学ぶべき篤い志や人への優しさや厳しさについて熱く語られました。

去年の計画については、西郷さんの銅像の管理者である鹿児島市からは許可が下りずに、残念ながらマント姿の西郷さんの銅像は見ることが出来ませんでしたが、終戦時に織られたという年代物を含む大島紬の反物13反を惜しみなく使った巨大マントは、紛れも無く残っているそうです。600人を超えるボランティアの手を借りて4ヶ月の時間を掛けて作られたと言いますから、そのまま話だけで終わらせるには勿体無い様な気がします。

 鹿児島市の西郷さんの銅像とマント高さ5m↑   鹿児島市の西郷さんの銅像とマント高さ3.5m↑
たとえ前例の無い事では有っても、新しい未来に向けての発想や仕組みを生出す事は、誰かが始めて誰かが賛同し沢山の人の協力と後押しが重なって成就していくのだと思います。それまで誰も遣らなかった事でも能勢さんが去年手がけられた、西郷隆盛銅像の実測調査や資料文献の価値は勿論ですが、夢を持って取り組んだチャレンジ精神は共感するものが有りました。
「マント姿の西郷さんの銅像も見てみたい!」そんな沢山の方の意見も多い事から、いずれは計画が実現する事が有るような気がします。その事は、単にイベントとしての成否に冠する事だけではなくて、何か鹿児島の新しい歴史が動き出す時代の象徴に成るような気がします。

約一時間半の短時間の対談でしたが、薩摩藩の歴史と現在の鹿児島への思いなどを問答している内にあっと言う間に時間は過ぎてしまい、奥様に入れていただいた煎茶と京都のお菓子を美味しく頂いたところで、一期一会の時間が終わりました。
能勢様、奥様、貴重な時間を有難うございました。<風>

参考:http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200711240249.html (asahi.com 2007年11月25日)




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Posted by 代表:岩井哲 at 23:56│Comments(0) │鹿児島のこと
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