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Posted by チェスト at

2008年10月29日

「マエバ」の麻生にいつ、どこの国民が「景気対策」を委ねたか?

 功名心にはやる麻生の「景気対策」が、国民生活を奈落の底に突き落とす!

 ★10/28の東京株式市場では、一時6994円と、7000円割れを記録、終値基準では、1982年10月6日以来、26年ぶりの事だとされる。底値が未だ見えない株式市場の混迷に、中川財務相は、27日朝の記者会見を、前場が開いたあと(これを”あとの祭り"と世間では言う!)の9時過ぎに行い”毒にも薬にもならない”市場対策を発表、そこで記者の「何故今のタイミングなんですか?」と言う質問に、「じゃあ、いつだったらよかったんですか?」と開き直るという情けない”市場音痴”振りを発揮、その直後更に、麻生がそれに輪をかける醜態を晒し、市場関係者を始めとする国民各層を唖然とさせ、苛立ちを一段と募らせた。

 「マエバ」の麻生などに「経済対策」を任せて事態一層悪化を招いたら、被害を蒙るのは結局国民! 

 ★10/27昼のぶら下がり記者会見で、麻生は、株式市場の前場(ゼンバ)のことを「マエバ」と言い違え、(記者団の妙な反応に)慌ててすぐ訂正した模様だが、ここで彼の”お里が知れた”と言っても、過言ではない。これは単なる麻生個人の”ちょっとした言い間違い”のレベルではなく、「経済音痴」の集まりの現政府首脳の日常会話(=コミュニケーション)の内容・レベルを如実に反映していると見るべきであろう。

 ☆因みに、ここで「ウィキペディア」より、以下の情報を確認して置きたい。

 <東京マーケット情報 :ジャンル 株式市況番組 :放送時間 平日ー前場: 11:25 - 11:50、後場: 15:25 - 15:55、(前場: 25分、後場: 30分) >

 <内容:東京証券取引所の市場取引の各株価の終値を、それぞれ前場と後場の取引終了25分後から放送する。それぞれ次のような番組構成となる。

【前場】市況概況、終値の字幕速報 、【後場】市況概況、東証からの証券関係者による解説、終値の字幕速報、ビジネス動向に関する特集コーナー >

 ☆10月28日の「毎日新聞」は、以下の記事を伝えました。

 <麻生太郎首相が年内の衆院選を見送る方針を固めたことを受け、「11月30日投開票」を想定して準備してきた与党内には、徒労感が広がった。「解散より景気対策」を強調する首相に対し、特に早期解散に向け圧力を強めていた公明党には不満が残った。自民党内でも「ねじれ国会」の再来を懸念し、「麻生政権はいつまで持つのか」との声も漏れ始めた。 

◇公明、募る首相不信

 「首相は『どんな困難があっても解散しないで、追加景気対策をやり遂げたい』と話していた」

 自民党の大島理森国対委員長は28日、公明党の漆原良夫国対委員長と会談し、前夜の首相との会談内容を伝えた。大島氏は「首相には『解散しないと追い込まれてボロボロになる』と言ったんだが……」とも明かした。

 それでも公明党の太田昭宏代表は28日、党本部での会合で「戦闘態勢は解かない。12月7日、14日の投開票もまだある」と述べ、先送りを受け入れていないことを強調。同夜、首相と東京都内で再び会い、翻意を促す動きも見せた。・・・・

  首相への不信感が高まったのは事実で、公明党幹部は28日「解散を先延ばししても景気状況はますます悪くなるだけだ。首相はそんな簡単なことも分からないのか」と述べた。

 ☆10月29日の「南日本新聞」は、以下の記事を伝えました。

 <26日夜、東京。紀尾井町のグランドプリンスホテル赤坂。・・・公明党代表太田昭宏と幹事長北側一雄が待ち受けていた。首相が24、25両日の北京訪問の際、衆院の早期解散に慎重姿勢を示したことに業を煮やし、直談判しようと手ぐすね引いていた。「一体、誰のおかげで総理になれたと思ってるんだ」。密会の部屋には、早期解散を迫る二人の怒号が飛び交った。・・・・・しかし、解散権を握る麻生は、(二人に)先送りの判断を告げた。「今の経済情勢を考えると、政治空白をつくることは出来ないでしょうが。景気、金融対策を優先させる。選挙は今じゃないんだ」>

 「信頼できる政府」でなければ、「景気対策ー経済対策」の成功はおよそ望み得ない! 
 
 ★解散ー総選挙の時期をめぐって、この間、政府・与党内部にも大きな軋みが生じ、日々拡大しているようにも見えるが、ここでは、政党間の争いの次元を超え、民主政治の大原則を改めて確認して置きたい。

 ★今、国民生活は、「100年に一度」(前FRB議長・グリーンスパン)という未曾有の金融ー経済危機の鳥羽口に立っている。先の見えない経済ー生活不安に国民各層は日ごとに懸念を深めている。こんな難局こそ、国民が一致団結して危機を乗り切れるよう、万全の体制を作り切るべきであろう。現在のように、政権基盤が脆弱な状況では、人々の不安は拡大し、それが経済に悪影響を与え、不況スパイラルの悪循環を加速させかねない。畢竟、経済は「人々の心」に大きく依存するものである。人々の心の安心感が消費意欲を刺激し、もって経済を活性化させ、反対に、不安感が財布の紐を締めさせ、一段と不況は加速する。ここにこそ、政治の役割が大きくクローズアップされなければならない。「信頼できる政府」の役割は、このような危機の時こそ限りなく増大するものである。

 ★ではそこで、「信頼できる政府」は、今日本に存在するか?否、である!何故か?国民の審判を仰がない政権が3代も続き、尚正当な根拠もなく居座っているからである。麻生は、「景気対策」を呼号し、解散ー総選挙を先送りする”大義名分”としようとしているが、果たしてこれが大義名分たり得るか?断じて否!である。この難局に於ける「景気対策ー経済政策」の成否こそ、日本国民の向こう10年以上もの命運を決する重大極まりない岐路である。この重大課題を、国民の審判を仰ぐことなく暴走する麻生政権に託すことほど危険なことはない。一体、どこの国民がいつ、麻生に「景気対策」を委ねるという決定を下したというのか?どこの誰もそんな判断を下してはいない。

 ★「政治空白を作るべきでないという言葉を、自ら「総裁選」の空騒ぎを1ヶ月以上も繰り広げた自民党や麻生に、易々と語らせるべきではない。いや、そもそも安倍ー福田以来、ここ2年以上も、「政治空白」は日本政治を覆い尽くしてきたのである。その「長期空白」を打開してこそ、日本の未来は拓けるのであり、その「長期空白」を終わらせるための、僅か「1ヶ月の空白」などモノの数ではない!

 ★また、現在の金融危機の本家本元=アメリカでは、延々たる大統領選挙を中断することなく、レイムダック・ブッシュに代わり、その危機克服すべき本格政権樹立のために、その選挙活動のラストスパートに励んでいるではないか。「総選挙」が「政治空白」だと、一体誰が言い始めたのか?為にする議論の最たるモノと言わなければならない。民主政治がその根本に立ち返る、唯一の契機である「総選挙」は、断じて「政治空白」などではない。これを直ちに実現し、単なる「選挙管理内閣」(その役割すら、麻生政権は果たし切れていない)ではない、<本格政権>を1日も早く成立させ、この<未曾有の難局に対処すべき政治態勢>を早急に整えなければならないのではないか。

 ★ここへ来て、民主党がこの間の「総選挙お願い路線」から「対決路線」へ戦術転換するというが、大分遅きに失した感がある。亀井静香氏が「解散お願いなんてばかげている」と言い、共産党が「民主党は甘い」と批判されるのは当然である。この局面の到来を想定して、筆者は10/4「混迷する政局を一刀両断!矢野元公明党委員長の招致即時実現を」と書いた。その後3週間以上が過ぎても、一向にこれが実現されず、政局の混迷・停滞は一層深まるばかりである。民主党のあいまい戦術=優柔不断がこの事態を招いていると言っても過言ではない。今からでも遅くはない、<矢野元公明党委員長の参考人招致即時実現を!>この一刀が、亀裂を深める麻生自民党と公明党の摩擦を決定的なものにし、解散への最短距離となるであろう。「伝家の宝刀も、抜かざればただの竹光」に過ぎないではないか。 <哲>

  

Posted by 代表:岩井哲 at 10:35 │Comments(0) │日本の事

2008年10月23日

海自・噴出する内部批判を「中間報告」は押さえ込めるのか?

 ☆10月22日の「毎日新聞」は、以下の記事を伝えました。

<海自格闘死亡>防衛省が中間報告「必要性認めがたい」

 海上自衛隊第1術科学校(広島県江田島市)で特殊部隊「特別警備隊」の養成課程に入っていた3等海曹(25)が格闘訓練中に倒れ死亡した事故で、防衛省は22日、事故調査委員会の中間報告を公表した。養成課程をやめて異動する直前の隊員に「1対15」で行った訓練形態が問題となったが、報告書は「必要性は認めがたい」と断定。「集団暴行」については「そういう供述は得ていない」と述べるにとどまった。

 一方、同省の担当者は、3曹の死亡を「公務災害」として認定する方針で検討していることを明らかにした。「認定要件があるので慎重に分析、検討したい」とした。

 中間報告は訓練に参加した隊員学生や教官から当時の事情などを聞き取り、まとめられた。報告書によると、1人が多人数を相手に行う訓練は同隊の同好会「格闘部」で続けられており、「学生の間でも、『伝統』であるという理解が生じた可能性がある」とした。「やらないと言える雰囲気ではなかった」との証言もある。>

 ★「必要性は認めがたい」と「断定」しながら、一方で、「公務災害」として認定する方針で検討しているという。「認定要件があるので、慎重に分析、検討したい」とも言うが、一見して、矛盾だらけ、支離滅裂である。では聞くが、「必要性」のない「公務」というのがこの世の中にあるのか?あっていいのか?必要性のある事柄の中から、公務とそうでないものを区別していくというのが、世の「常識」というものであって、必要性のないことを「公務」と強弁するような”論理破綻”を敢えて今回強行するならば、いずれ「自衛隊」という「公務」遂行集団自体の、「必要性」が疑われてくるということになって行くのではないか?

 ★また、一方で、「伝統」という言葉が一部飛び交う。しかし、報じられる限り、前例は今年5月の一例のみである。いやしくも「伝統」などと強弁したいならば、かくかくしかじかの前例が、10年、20年も続いていると実証しない限り世間には通用しない。これは、「弁解」という名にも値しない”逃げ口上”でしかないのではないか。マスコミも、その名誉にかけて、このようないい加減な遁辞を許すべきではないのではないか。

 ☆10月23日の「南日本新聞」は、以下の記事を伝えました。

<「焼き入れ、集団暴行」ー内部から批判噴出ー「異動前説明つかず」
 特別警備隊をよく知る三佐は「不審船に強制移乗し、制圧する部隊だから、一対多数の格闘は必要。米海軍の特殊部隊でもやっている」とした上で、「三曹がやめる直前にやっというのが、どうしても説明がつかない。集団暴行と言われても否定できない」と話す。部隊指揮官の一佐も「鍛えてやろうとか、やめる隊員がいとおしいという感情とは違う。焼きを入れてやる、半殺しにして異動させるということ」とし、「集団暴行と認めて、自己批判すべきだ。そうしないと、自衛隊が旧軍のように見られてしまう」と中間報告を強く批判する。

 一方、徒手格闘を最初に始めた陸上自衛隊の中でも「最強」と言われ、全自衛隊大会で何度も全国優勝しているパラシュート降下部隊の第一空挺団。一対多数の格闘訓練も行っているが、制限時間は2分間で、通常3~4人まで。「15人というのは異常。とても訓練とは言えない」と同団OBの三佐は話す。「異動する隊員のはなむけに記念試合をすることがあったが、あくまでも一対一。15人はあり得ない」>

 ★筆者は、前2稿で、「格闘技の常識」という観点から、様々の疑問を呈してきた。これに対し、格闘技界から何らかの反響があるのではないかと期待してきたが、今日、図らずも、自衛隊の内部から、所謂「格闘技の常識」に属する貴重な意見が聞かれることになった。喜ばしい限りである。自衛隊の中にも人はいた!これは嬉しい発見である。この空挺団の三佐が語る内容が、まさに「格闘技の常識」に沿ったものであり、極真空手の試合・審査も2~3分、かなりのインターバル(3分以上)をおいて、勝ち抜き戦の次の相手と対戦するという形式であり、10秒おいて15人連続などというのは、何千、何万人に一人というような歴戦の猛者でなければ不可能事だ。

 ★「集団暴行と認めて、自己批判すべきだ。そうしないと、自衛隊が旧軍のように見られてしまう」という三佐の危機感は極めて鋭く正しい。この辺で誤魔化しの「中間報告」→「最終報告」へこのまま至るならば、自衛隊内部の矛盾・軋みは修復不可能な事態に遠からず至るのではないか、ということを筆者は強く危惧・警告するものである。
  

Posted by 代表:岩井哲 at 05:57 │Comments(0) │日本の事

2008年10月19日

海自「格闘訓練」、人が死んでも何故「内部調査」なのか?

 「事故調」が取り仕切るのみで、何故、警察は関与できないのか?

 ☆10月18日の「毎日新聞」は、以下の記事を伝えました。

海自格闘死亡:医官立ち会わず 教官も適性低い

 広島県江田島市にある海上自衛隊第1術科学校入校中の3等海曹(25)が15人を相手にした格闘訓練中に倒れて死亡した問題で、訓練当時は医官が立ち会っていなかったことが、海自呉地方総監部の事故調査委員会の調べでわかった。ほかにも「人的要因」として(1)立ち会い教官の格闘訓練の指導者としての適格性が低い(2)隊員は格闘経験が浅かった--などの事実も判明。海自では安全管理に問題があったとみて、週明けにも中間報告を公表する。・・・・・・

  調査委が注目しているのは、危険を伴う特警隊の訓練で医官が立ち会っていなかった点。狭い場所での戦闘訓練や潜水訓練では通常、緊急事態に対応できるよう医官を立ち会わせている。また、指導に当たった教官(2等海曹)は剣道初段、少林寺拳法初段で、指導者の目安となる陸自の格闘技の課程も履修していなかった。

 さらに、3曹は初歩の格闘ができる程度で「結果論ではあるが、連続して15人の組み手に耐えられる技量を持っていたかは疑問」(海自幹部)という。>

 ★今回の死亡事件で驚きは、警察が一切動かず、「事故調」なる内部機関がすべてを取り仕切っている点である。イージス艦の時は、確か海上保安庁が関与はした。今回、証拠保全を始め、関係者の取り調べなど、警察が何ら関与していないことを見ると、「自衛隊」は治外法権のエリアなのであろうか?私が不勉強なのか、これまで余り関心を持ってこなかったが、改めて不思議に感じている次第。そう言えば、昨年のイージス艦事故の際も、誰一人「逮捕」されなかったのではなかったか?人が死んで、誰も警察の調べがない、誰も「逮捕されない」???私の疑問が「常識外れ」なのか?・・・この闇に鋭いメスが入れられなければならない!真相究明に向け、「内部調査」も結構だが、まずは「外部調査」=警察の捜査は当たり前、不可欠の手続きではなかろうか?

 ★前の投稿で、筆者は被害者の青年を「素人」と書いたが、そのことは、上記の記事で更に裏書きされつつある。それどころか、指導教官までが、「初段」では話にならない。特に、「少林寺拳法」は筆者の知る限り<蹴り+関節技主体>の「約束組み手」(つまり、ガチンコ対戦ではない、約束事の世界)の稽古であり、(合気道ほどではないが)「打撃系」の格闘技では必ずしもない。この競技は、昔、何ヶ月か私も体験があるが、これが「打撃系」ではなく、フルコンタクトではないことに飽きたらず、すぐに辞めた(それから極真空手に行った)覚えがある。この競技のこのレベルの指導者に率いられての「格闘訓練」では、はっきり言って、何人死者が出ても不思議ではない。「指導者の目安となる陸自の格闘技の課程も履修していなかった」となれば、尚更である。そこへ、「隊員は格闘経験が浅かった」とくると、これはもう素手のケンカである。ストリートファイトと何ら違いはない。人の命を、「結果論ではあるが・・・」と切り捨てる環境で、こんな危険きわまりない「訓練」が日常行われているとすれば、何が起こっても不思議はない。 

 ☆10月19日の「読売新聞」は、以下の記事を伝えました。

 <海自3曹死亡「教官の管理不十分、制裁は否定」…事故調

 海上自衛隊第1術科学校(広島県江田島市)で先月、「特別警備隊」の養成課程にいた3等海曹の男性(25)が同僚15人との格闘訓練後に死亡した事故で、海自の事故調査委員会が、訓練に立ち会った教官2人の安全管理が不十分だったとする一方、15人の行為は「訓練」として問題視しない方向で中間報告をまとめていることがわかった。同僚による私的制裁との見方を事実上否定する内容だが、「1対多数」の格闘訓練は術科学校のカリキュラムにはなく、本来定められていない訓練を正当化する内部調査に批判が集まるのは必至だ。

 ・・・・・教官は、5月にも異動直前の別の隊員が同じ格闘訓練をして前歯を折るけがを負っていたため、マウスピースを付けることや、1人50秒の格闘後、10秒程度のインターバルを設けることを条件に許可したという。・・・・・

 これを受け、事故調査委が調べた結果、〈1〉7人目を終えた時点で男性が棒立ち状態だったのに、教官が訓練を続行させた〈2〉男性が倒れた時、教官に十分な医療知識がなく、熱射病と勘違いした--ことが判明。このため事故調査委は、2人の教官が訓練中、適切な判断をしていれば、男性は死亡に至らなかった可能性があると判断した。

 一方、15人の同僚は、事故調査委の調べに「5月の格闘訓練が感動的だった。もう一度同じ形で送り出してあげたかった」などと説明、男性へのいじめや嫌がらせも「なかった」と否定しているという。>

 ★防具の点でも、常識外れの可能性が高い。言及されているのは、「マウスピース」のみである。これまでのネット・新聞報道に基づく限り、一番決定的な問題は、グローブを着けていない点である。二番目、にヘッドギアを着けていないこと。三番目に、一・二の条件下で、頭部の打撃を禁止していないこと。ボクシングやキックボクシングはグローブを着け、双方スパーリングではヘッドギアを着け、極真空手は、一・二の条件がない代わりに、頭部の打撃を禁止している。三つの条件をすべて欠いたところで行う格闘技の訓練を、筆者は寡聞にして知らない。少林寺拳法などは、確かフルフェイスのヘルメットをかぶり試合をしていたように記憶している。上記の記述に間違いがあれば、どなたか教えて欲しい。また、10秒間のインターバル、これも常識外である。ボクシングやK1などの試合を見て欲しい。1分間のインターバルを取っている。これなしで、15分も続けること自体が、「殺人的」であろう。

 ★「男性が倒れた時、教官に十分な医療知識がなく」と書いてあるが、これは「医療知識」以前の、格闘技に関する「知識・判断能力」が完全に欠落していたのである。どのような打撃が、どのような結果をもたらすかの判断力がなく、「医療知識」だけあっても、およそものの役には立たないであろう。

 ★「5月の格闘訓練が感動的だった」と15人の隊員達が述べているそうだが、何に「感動」したのか疑問である。格闘技の常識・防具の常識・医療知識のすべてを欠いたところで、その「感動」は危険なだけでなく、「人命軽視」の恐怖が漂う。

 ★「指導員クラスでも5人が限度」と前書いた。この青年は、別な情報によれば2~3人目でふらつき、7人目で「棒立ち」だったようであるが、誰一人止めるだけの判断能力を持たなかった。これは悲劇であるし、責任は海自の上部にある。この責任を隠蔽するように、「15人の行為は「訓練」として問題視しない方向で中間報告をまとめている」という。こうなると、真相は闇から闇である。警察も関与せず、客観的な調査もなく、この青年の死の真相が解き明かされずに終わってしまうことを、果たしてこのまま許していいのだろうか?  <哲>


 
  

Posted by 代表:岩井哲 at 17:53 │Comments(0) │日本の事

2008年10月17日

「死出の旅路」に「カルト」ではなく、「ロマン」を・・・

 ☆PACOさんから、先程、兄弟ブログ「ポティカ」の方に下記の「コメント」を頂きました。

 <「死出のはなむけ」か? 言葉の異常な使い方がカルトチック。自衛隊に入隊したら最後ってことか。オウム真理教に入信した信者と運命は同じ。>

 ★上記のコメントを頂戴しましたが、「死出の旅路のはなむけ」は、井原西鶴の「好色五人女」の一節のようです。筆者も多忙で、原典までは見れていませんが、下記のネットからの資料をご覧下さい。

 <八百屋お七
   死出の旅路のはなむけの花にと咲き遅れの桜を一枝手渡すと、・・・

   ・世の哀れ 春吹く風に 名を残し おくれ桜の 今日散りし身は >

 ☆また、「Wikipedia」の「八百屋お七」の項に、以下の記述があります。

 <この人物は幼い恋慕の挙げ句に放火未遂事件を起こし、それが後に浄瑠璃等芝居の題材となったことで有名である。

 生年は1666年で生まれとする説があり、それが丙午の迷信を広げる事となった。下総国千葉郡萱田(現・千葉県八千代市)で生まれ、後に江戸の八百屋太兵衛の養女となった。

 お七は1682年(天和2年)12月の大火(天和の大火)で檀那寺(駒込の円乗寺、正仙寺とする説もある)に避難した際、そこの寺小姓生田庄之助(左兵衛とする説も)と恋仲となった。翌1683年(天和3年)、彼女は恋慕の余り、その寺小姓との再会を願って放火未遂を起した罪で、捕らえられて鈴ヶ森刑場で火刑に処された。遺体は、お七の実母が哀れに思い、故郷の長妙寺に埋葬したといわれ、過去帳にも簡単な記載があるという。

 その時彼女はまだ16歳(当時は数え年が使われており、現代で通常使われている満年齢だと14歳)になったばかりであったため奉行甲斐庄正親が哀れみ、お七は15歳だろうと聞いた(15歳以下の者は罪一等を減じられて死刑にはならない)が、彼女は正直に16歳であると主張し、お宮参りの記録を証拠として提出した程だったという。

[編集] 文学その他
 お七処刑から3年後の1686年(貞享3年)、井原西鶴がこの事件を『好色五人女』の巻四に取り上げて以降有名となり、・・・・・>

 ★「はなむけ(餞)」の語義は、餞別の意で、金品・言葉などであるようです。上記の歌は、おそらく処刑されたお七の死を悼んで誰かが贈った歌に擬せられているモノと推測されます。分かりやすく言えば、「死出の旅路のはなむけ」とは、その人の死を惜しんで贈る「惜別の辞」と言えそうです。

 ★今回の三曹の死を海自の誰が予想しまた惜しんだかは分かりませんが、結果的に今回の海自の「格闘訓練」が、言葉の厳密な意味で、「死出の旅路のはなむけ」になったことだけは確かなようですね。

 ★PACOさん、如何でしょうか?これで、実はカルトではなく、江戸前期のロマンの香りであったことを幾らか感じ取って頂けましたでしょうか?またご意見下さい、よろしく。  <哲> 


  

Posted by 代表:岩井哲 at 18:00 │Comments(0) │日本の事

2008年10月17日

海自・「格闘訓練」は、”死出の旅路の”「はなむけ」か?

 ☆10月15日の「産経新聞」は以下の記事を伝えました。

 <格闘訓練は「はなむけ」 海自隊員死亡、教官も許可

 広島県江田島市の海上自衛隊第1術科学校で9月、特殊部隊「特別警備隊」の養成課程にいた男性3等海曹(25)=愛媛県出身=が1人で隊員15人を相手にした格闘訓練中に頭を強打し、約2週間後に死亡した問題で、訓練は3曹の同僚隊員が送別名目で教官に許可を得て行っていたことが14日、分かった。3曹は2日後に養成課程を外れる予定で、同僚が送別の恒例行事として逸脱した訓練を行った疑いが強い。徒手格闘訓練は1対1で行われることが多く、1人が15人を相手にするのは異例。1人が多数を相手にする訓練は、今年の養成課程独特の行事だったという。

 訓練に参加した隊員は海自の内部調査に、養成課程を外れる3曹への「はなむけ」として1対15の訓練を行うことを教官に申し出たと証言。「集団暴行ではない」と説明している。浜田靖一防衛相は14日の閣議後会見で「特殊という気がしないでもない」と述べ、訓練の範囲を逸脱しているとの認識を示した。また、赤星慶治海幕長は同日の定例会見で、3曹が異動する2日前に格闘訓練が行われたことについて「こういうことをやるのがいいのか、内容が適切なのか、調査してから判断したい」と述べるにとどまった。>

 ★この数日、海自における「格闘訓練」の結果の隊員の死亡が報じられている。どのような防具を着けての訓練だったのかなどの詳報が伝えられていないが、少なくとも一人50秒の対戦を15人連続行ったという。これは、プロ(級)の格闘家が行ったとしても極めて困難な「訓練」だったのではないか?私は(自身空手を多少嗜み、昔、組手の経験も少なからずある者だが)、大分前に、極真空手の鍛え抜かれた選りすぐりの精鋭数人が行った100人組み手・50人組み手をビデオで見たことがある(これは、グローブを着けない代わりに、頭部を手で殴らないー足は可ーというルールであった)が、これと比べても、特殊部隊の隊員とはいえ、格闘技専門の訓練を重ねたごく少数の人々に比べれば、技・耐久力の面でもそれを凌ぐとは考えにくい。謂わば素人に近い青年が、「14人目のパンチをアゴに受けて倒れた」(この報道で、ヘッドギアも着けていなかったことが窺われる)というが、実に悲惨な状況であったことが察せられる。

 ★亡くなった三曹とその御家族には気の毒だが、「はなむけ」は「はなむけ」でも、離隊の「はなむけ」ではなく、これは”死出の旅路の”「はなむけ」だったとしか解しようがない。

 ★1対1の対戦で双方がほぼ均等に疲弊するケースと違い、1人が次から次に新たな相手と対戦するというのは、プレッシャーが加重されていくので、困難度が段違いで、通常では1対1、空手の指導員クラスでも、多くても3~5人くらい迄が限度ではないかと思われる。記事も「1人が15人を相手にするのは異例」と伝えるように、それは、初めから「訓練」の域を超えていたと考えざるを得ないのではないか。ここに窺われるのは、隊を辞めて行く者への制裁の「集団リンチ」の疑いである。これを教官が認めていたということは、組織ぐるみの犯罪であると疑わせるに充分である。ここまで見ていくと、海幕長の「こういうことをやるのがいいのか、内容が適切なのか」という発言が、如何に空々しいか、無責任であるのかがよく分かる。

 ☆10月17日の「南日本新聞」は、以下の記事を伝えました。

 <防衛省は、16日、浜田靖一防衛相、増田好平事務次官の双方とも、事件が12日に報道されるまで、三曹一人が15人を相手にした「格闘訓練」の詳細について、報告を受けていなかったことを明らかにした。・・・防衛省では、イージス艦あたごの衝突事故でも、大臣への第一報が遅れたり、事故への対応をめぐる記者会見の説明が二転三転するなど、省内の情報伝達の悪さが問題になり、増田次官らが減給処分を受けている。>

 ★更に、上の記事によれば、防衛省内部における情報伝達が、これまたいい加減で、「隠蔽体質」が見え見えではないか。人の命が奪われてもまだ、「いいのか悪いのか」などとほざいていられる神経はどうかしている。このような人々に、果たして「国民の命を守る」という大事を任せることが出来るのだろうか?イージス艦事故もそうだったが、「人命軽視」「責任回避」の姿勢が露骨な人々に国の安全を任せるなど危なくて出来はしない。石波元防衛相など、ああだこうだと言いながら、結局何の責任も取らず逃げ切ったことは記憶に新しい。

 ★約20万人の隊員中、毎年100人以上が自殺するということが、暫く前に報じられたが、この自殺者の割合は、飛び切り異常ではないか?(筆者も多忙でまだ調べ切れていないが)こんな組織が、日本中探して他にあるだろうか?「国民の命を守る」はずの人々が、こんなにも多く自ら命を絶っている!そこにはどんな深い闇が横たわっているのか?ここに見られるのは、少なくとも「人命軽視」、「秘密主義」、「隠蔽体質」などなどである。

 ★25歳の隊員の無惨な死をムダにせず、自衛隊の深い闇をとことん抉って、「国民を守る」に相応しい組織に造り替えて行かなければならない。ここに注がれている数兆円の税金は、まさに国民の「血税」でもあるのだから。 <哲>
  

Posted by 代表:岩井哲 at 06:32 │Comments(0) │日本の事

2008年10月08日

米英型経済モデルの崩壊と新たな経済モデルへの模索の開始

 「景気対策」を口実とする麻生の「総選挙回避」のムダな時間稼ぎをこれ以上許すな!

 ★米下院で、10/3「緊急経済安定化法」が成立した。しかし、この対策の実効性には各方面から疑問符が打たれ、この法律の柱である「金融機関からの不良資産の買い取り」だけでなく、日本の1990年代の経験に基づき、「公的資金による米金融機関への資本注入が不可欠」との見方も広範に語られる。こうした中で、実体経済の悪化に向かうとの危機感が、世界経済のみならず国内経済においても深まっている。9月の日銀短観では、大企業製造業の業況判断指数が5年ぶりにマイナスに転じ、輸出関連企業の業績悪化が懸念される。米国の実体経済が悪化すれば、米国に対する輸出が落ち込み、ドル安・円高も進行して輸出産業は大幅な減益になる。トヨタ自動車を始め、既にこのような影響が出始めている。日本の株価にも下押し圧力がかかり、日経平均が1万円→9000円に近づくにつれ、金融機関の保有株式に含み損が発生し、自己資本が損なわれる要因になり、不良債権も増え、より深刻な事態を迎えようとしている。

 このような深刻な状況に対し、「景気対策」を「総選挙引き延ばし」に利用することしか眼中にない日本の麻生は、10/8の株価の急落に際して「普通でない。想像を絶する」などと”経済政策通”ならぬ”ノー天気振り”を発揮し、「先行き不安が出てくる。何とかする対策をしないといけない」と、一切対応策の具体的内容を欠落したまま、”これ幸い"とばかりに、更なる時間稼ぎに拍車をかけようとしている。この国民無視のムダな時間稼ぎを断じて許してはならない! <哲>

 ☆ここで、「ニューズウィーク日本版」10/8が伝えた「ポスト金融危機のグローバル資本主義」と題する以下の記事を、<主要中見出し+要点抜粋>の形で見ておきたい。

ポスト金融危機のグローバル資本主義

■世界を支配してきたアングロサクソン型モデルは崩壊し、経済の新時代が始まる

 ドイツとフランスは、アングロサクソン型の金融システムに怯えていた。だがウォール街の崩壊は、彼らの経済モデルが生き残り、むしろ繁栄するかもしれないことを意味している。

■実体経済と乖離しすぎた

 「グローバル化と規制緩和のモデルは破裂した。それが今回の危機を引き起こしたのだ」と言うのは投資家・慈善事業家のジョージ・ソロスだ。彼は早くから、住宅ローンやクレジットカードの支払いなどを複雑に証券化するのは危険だと、警鐘を鳴らしていた。

 「これからは放任主義や投機性は薄れ、(過大な借入金で高リスクな投資を行う)レバレッジは減少し、信用市場は逼迫するだろう。私たちはレバレッジ解消の真っただ中にいる」とソロスは言う。

■崩壊した「市場万能主義」
 90年代を通じて規制緩和は続いた。最も象徴的なのは、銀行業務と証券業務の分離を定めるグラス・スティーガル法の撤廃だろう。その結果、銀行は大規模合併に走ったり、急増するIPO(新規株式公開)を引き受けたりした。

 グラス・スティーガル法の撤廃によって、シティグループのような商業銀行が信用デリバティブ市場に参入することも可能になった。こうした市場では、住宅ローン担保証券やそれをさらに証券化した債務担保証券が売買されており、今回の金融危機の主因になった。

■「終焉」を迎える投資銀行
 金融関係者の巨額の報酬のもととなった複雑なデリバティブ市場も縮小傾向にある。アメリカでは取引の透明性の向上のために、デリバティブの取引機関の整備を求める声がある。EU(欧州連合)はすでに、デリバティブ規制に動いている。欧州委員会は先週、債務担保証券を禁止もしくは制限する規制案のたたき台を作成した。

■バブルはいつか復活する
 政府系ファンドや新興市場にはカネがあふれている。アジア各国の中央銀行だけで外貨準備高は4兆ドルを超える。今回の救済案で必要とされる7000億ドルの何倍もの額だ。

 潤沢な資金がある以上、たとえ新たな規制が生まれても、人々はそれを回避しようと策をめぐらす。投資家(とその関係者)は規制をかいくぐるため、これまで以上に独創的な方法を模索するはずだ。

 こうした新たな資金のうち、かなりの部分がまちがいなく欧米市場に流れ込む。その結果、新興国の影響力が増し、世界の多極化が加速するのは確かだ。だが、だからといって自由市場体制が総崩れになるわけではない。

投資よりも貯蓄をする人が再び増える。節約の美徳が再び語られるようになり、短期的には金融引き締めが続く。それでも、資金はいずれ再び動きだす。新たなバブルが生まれる。エネルギー、エコ技術、宇宙--どの分野かはまだわからない。>

 
「黒騎士」さんが、また10/6~10/8にかけ、三つの投稿を下さいましたので、そのまま転載させて頂きます。今回は、3稿まとめてのタイトルとします。

週明けの東証大幅下落!迅速な対策の実施が求められているー日本政府は???
10/8 

 本日、株価は瞬間1000円近く下げました。下落率では戦後の東証再開後では第三位(ブラックマンデー、スターリンショックに次ぐ)となります。本年7月に連続下落日数が記録的、それは1953年以来の出来事であったこと、奇しくも、それはスターリンが死んだ年です。スターリンの死で朝鮮戦争が終結、特需の恩恵を失う日本経済の先行きを悲観してショック安となりました。

 世界同時株価下落、民間のドル調達機能停止、円単独上昇、実体経済の悪化、どこから手を入れるのか、難問題をどう撃破するのか?どんな対策が必要か?市場はそれを評価するのか?短期間に計画・実施が求められています。ウォール街の言葉に『強気でも弱気でもいい。だが、のろまは駄目だ』とあります。まさに、その通りだと。

10/7

 本日一時的ながら株価が一万円大台割れとなりました。さて、七月に半世紀振りの連続下落現象が現れた、と投稿しました。値幅は小さいけれど、相場の世界で言う(小石崩れ)です。小石崩れは鬼より怖い。その後に来るのは大暴落であると古人は伝えています。大台割れが投資家に与えるのは心理的なものであり、漠然とした不安でしかありません。TVで見ましたが『株価が戻るのを待つしかありません』とか『こんなに下がるとは思わなかった』とのコメントだったと。経験から言えば、こういうコメントが多い時は下げ途中でしかありません。

 いろいろな人から『これからどうなる?』と聞かれますが、不思議ながら天井と大底では取引量(出来高)が急増しますし、上下のぶれが大きくなります。これは投資家が極度のパニックに陥るからだと思います。しかし、パニックにならずに冷静にチャンスを待っている投資家がいるからこそ巨大な売りが消化される、極めて道理なのですが理解出来ないのが普通です。大切なのは、理性と度胸?そして資金です。ただ、頭と体は往々にして別の動きをするものだと。その辺りを上手くアドバイスするのが証券マンの本来の仕事なのですが。

 最近は速射砲さながらに投稿しているせいか、『以前書いたよな?』とか思ったりします。不謹慎ですが、混乱を好む性格が、現状に立ち向かうべし、と背中を押しているような気がします。(株の闇路に瓦斯灯燈し迷う御方の道標)これこそ証券マンの本懐であるべきかと。

10/7
 週明けの東証は大幅下落となりました。不幸な予想は当たらないに越したことはありませんが、是非もありません。先日投稿したように、下落は更なる対策を催促しています。

 哲さんもご承知のように、金融資本主義が大規模な投機となったのは、証券化・デリバティブ・レバレッジの三種の神器によるものですが、世界全体で5京(けい)円強の在庫(正確には建て玉、若しくは金融商品)かあります。全てを処分した場合に実現損がどれくらいなのか?です。

 豆腐屋じぁありませんが、1兆10兆の話ではないのです。兆の上の単位です。さすがに京の上はありえませんが、世界全体のGDPの数十倍であることは間違いありません。実に恐るべき数字です。

 欧州でも続々と金融・不動産の大手が危機に曝されています。株価の暴落は直接金融の機能不全となり、企業の信用収縮となります。多発すれば経済の後退・不況です。

 株価の下落が自分には関係ないと考えるような人は少ないと思います。日本のバブル崩壊の時は『ざまあみろ!』という雰囲気がありましたが、国民全てが何等かの影響を、損失を大なり小なり被ったことを知っているからです。

 個人はどう対応すべきか?一つだけ明確なのは、嵐が近づいて来たら窓を閉めるということでしょう。とりあえず、です。>

  

Posted by 代表:岩井哲 at 22:54 │Comments(3) │世界の事

2008年10月05日

鹿児島市の西郷さんの銅像とマント


昨日は、鹿児島市城山町の西郷隆盛の銅像のすぐ横にお店が有る、大島紬の(株)夢創庵を尋ねてみました。
西郷さんの生誕180年にあたる昨年12月7日に、西郷さんの銅像建立70年の古希祝いとして、大島紬で作ったマントを着せようと言う運動をされた、能勢さんにお会いする為でした。当日は草の根世直し隊の岩井さんや西さんと連れ立って訪問しました。
能勢さんには快く面会に応じていただき、西郷さんに対する尊敬の思いや、現代の私たちが西郷さんや当時の偉人から学ぶべき篤い志や人への優しさや厳しさについて熱く語られました。

去年の計画については、西郷さんの銅像の管理者である鹿児島市からは許可が下りずに、残念ながらマント姿の西郷さんの銅像は見ることが出来ませんでしたが、終戦時に織られたという年代物を含む大島紬の反物13反を惜しみなく使った巨大マントは、紛れも無く残っているそうです。600人を超えるボランティアの手を借りて4ヶ月の時間を掛けて作られたと言いますから、そのまま話だけで終わらせるには勿体無い様な気がします。

 高さ5m↑   高さ3.5m↑
たとえ前例の無い事では有っても、新しい未来に向けての発想や仕組みを生出す事は、誰かが始めて誰かが賛同し沢山の人の協力と後押しが重なって成就していくのだと思います。それまで誰も遣らなかった事でも能勢さんが去年手がけられた、西郷隆盛銅像の実測調査や資料文献の価値は勿論ですが、夢を持って取り組んだチャレンジ精神は共感するものが有りました。
「マント姿の西郷さんの銅像も見てみたい!」そんな沢山の方の意見も多い事から、いずれは計画が実現する事が有るような気がします。その事は、単にイベントとしての成否に冠する事だけではなくて、何か鹿児島の新しい歴史が動き出す時代の象徴に成るような気がします。

約一時間半の短時間の対談でしたが、薩摩藩の歴史と現在の鹿児島への思いなどを問答している内にあっと言う間に時間は過ぎてしまい、奥様に入れていただいた煎茶と京都のお菓子を美味しく頂いたところで、一期一会の時間が終わりました。
能勢様、奥様、貴重な時間を有難うございました。<風>

参考:http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200711240249.html (asahi.com 2007年11月25日)

  


Posted by 代表:岩井哲 at 23:56 │Comments(0) │鹿児島のこと

2008年10月05日

米金融資本主義の終焉ー驕れるアメリカは久しからず

 ★ここ数日、7連続くらいで、速射砲のように「黒騎士」さんから「サブプライム問題」に関する(素人の)私の投稿に対し、専門的な見地からコメントを頂きました。大変有り難うございます。スペースの関係で全部の載録は差し控えますが、我々門外漢の一般大衆にも分かりやすいと思われる2点を選び、以下に転載させて頂きます。読みやすいように、タイトルは、私の方でそれぞれ付けさせて頂きました。 <哲>

 米サブプライムの毒が全身に回りつつある世界金融市場→米ドルの信用はどこまで持ちこたえるか? 

 <☆サブプライム問題は、恰も長屋暮らしの熊さん八さんに甘い囁きが『いい機会だから、長屋を出て新築の自宅を建てたらどう?』熊さん八さん『その日暮らしの俺達にローンを組んでくれるの?』その問いに『最初の金利は低くしてくれるよ。後で金利が上がるけど、その時には住宅価格が上がっているから、その分でカバー出来るよ』などと口説き落とす訳ですが、そもそも宵越しの金など持たない熊さん八さんです。期待した住宅価格が上がらず、金利上昇分を捻出できない、結果的に支払い不能となり手放すことになる訳です。

 此処まではよくある話ですが、時代は江戸ではなくて21世紀の米国です。熊さん八さんの借金の証文が証券化され、他の証券と合成されて、高金利金融商品として世界中に販売されているのです。(まるでコシヒカリと事故米がブレンドされたような)状態ですから、誰が、どれくらい保有しているか分からない。特に金融機関が比較的多いので、短期金融市場ではお互いが疑心暗鬼になり、金の貸し借りが滞ることになり、最後の貸手である日銀などの中央銀行が短期市場に資金を供給しているのです。

日本のバブル崩壊後、ジャパン・プレミアムなる現象がありました。邦銀の信用が低下したからです。今回は世界的金融危機ですが、米ドルの信用がプレミアムにどの程度反映されるか注視したいと。(Posted by 黒騎士 2008年10月04日)>

 「驕れる平家は久しからず」:豊かなアメリカー米金融資本主義の終焉! 

 <☆かつて自動車と言えば外車をイメージした時代がありました。国産車はショボイ、そんな感じでした。他にウィスキーもそうです。スコッチ、バーボン、ブランデーなど。バナナなど入院でもしない限り食べられない果物でした。テレビ放送が始まって55年、野球やプロレスも輸入娯楽です。日本人の生活は輸入品に価値を求めるものだったのです。
経済発展と共に輸入品への神話は崩壊しました。日本製品の高品質、それは国民性と言うより労働力の均一化、日本人のロボット化だったと。生きている人間に恰もロボットのようにベルトコンベア作業を強いた結果であると思います。

 それで思い出すのが、子供の頃に公民館で見たチャッップリンの無声映画です。あの映画が創られたのは大恐慌時代ではなかったかと。

 米国は産業が衰退。当然ながら貿易は赤字となりました。21世紀、米国を支えたのが金融だったと思います。主たる産業であるが故に、規制緩和を最も享受した、その産業の断末魔の叫びが聞こえているのです。80年代に生まれ90年代に成長し21世紀に輝かしい?活躍をした金融資本主義の終焉です。

 哲さんに以前メールしましたが、奢れる者は久しからず、です。『満ちてこそ忍び寄るぞえ月影の欠けるを知らぬ人の世なれば 』この歌は、私が世に出して初めて得た最優秀作品です。(Posted by 黒騎士 2008年10月04日)>

  

Posted by 代表:岩井哲 at 21:34 │Comments(8) │世界の事

2008年10月04日

混迷する政局を一刀両断!矢野元公明党委員長の招致即時実現を!

 「景気対策」を「総選挙引き延ばし」の道具として玩び、「金融恐慌」の只中に国民を突き落とす麻生

 ★安倍ー福田と相次ぐ野垂れ死に、その幹事長を連続して務めた麻生自民党に真の「政権担当能力」などあるはずもなく、9/29の似而非「所信表明演説」で野党よろしく惨めったらしく、ただ民主党批判を吠えまくっただけの麻生、「景気対策」など何ら能力もないくせに、「金融恐慌」を「総選挙引き延ばし」の道具としてもて遊び、国民を生活苦のどん底に突き落とそうとする麻生、まして、所詮は「下駄の鼻緒」に操られるしかないくせに、「解散は私が決める」と見栄を張りまくる麻生、そんなに”自己決定能力”があると仰りたいなら、この間の懸案事項の矢野元公明党委員長に対する参考人招致を、ただの脅しで突き付けるだけでなく、正真正銘、民主党を始め野党勢力の力で、即、断固実行して貰いたい!これこそが、この間の混迷する「総選挙日程引き延ばし問題」を一刀両断にする妙策ではないのか?心ある国民の多くが飢えるように待ち望んでいることであろう。以下に、参考資料を列挙する。 <哲>

 ☆10/4の「南日本新聞」は以下の記事を伝えました。

 <民主党の鳩山由紀夫幹事長は、3日の記者会見で、創価学会に損害賠償請求を起こした矢野絢也元公明党委員長の参考人招致について、「衆参両院の予算委員会(審議)が2日ずつなら難しいと考えていたが、衆院解散は先送りされそうだ」と述べ、今国会での実現に前向きな姿勢を示した。>

 ☆6/13の「産経ニュース」は、以下の記事を伝えました。

民主などが矢野元公明党委員長から聴取 公明党・創価学会の関係

 矢野絢也元公明党委員長の話を聞く菅直人氏、亀井静香氏ら=13日、東京・永田町の衆院議員会館、民主党の菅直人代表代行や社民、国民新党など野党の有志議員が13日午前、国会内で元公明党委員長で政治評論家の「矢野絢也さんより話を聞く会」を開き、公明党と支持母体の創価学会との関係などについて説明を求めた。

 矢野氏は「創価学会から平成17年から機関紙などで中傷されたり、言論活動の中止や莫大(ばくだい)な寄付を強要されたりした。身元不詳の人物から尾行監視も受けた」などと説明。「学会の会館は非課税で建てている。選挙時に使用したが、私の(委員長在任中の)ころには対価を払ったことはない。政教一致かどうかは議論すべきだ」と指摘した。

 また、矢野氏は国会での参考人や証人としての招致について「呼ばれるなら喜んでいく」と述べた。>

  ☆8/8の「フォーラム21」(元衆議院議員・白川勝彦氏のHP)は、以下の記事を伝えました。

人命を脅す矢野氏の基本的人権の侵害

 『文藝春秋』(2008年8月号)に掲載されている矢野氏の手記を私は何度も読んだ。全部で12ページである。興味深いことがいろいろと書かかれている。私はふたつの点を注目した。
 ひとつは、矢野氏が経験した基本的人権の侵害である。創価学会が矢野氏に対して行った人権蹂躙の行為である。私は次の特に重要な3点に注目する。

 ①矢野氏は、平成17年5月14日夜戸田記念国際会館において、創価学会青年部幹部ら5名に取り囲まれ、査問会同然の吊るし上げにより、彼らが予め用意していた文書に署名させられ、政治評論家としての活動をやめることを約束させられた。その際、谷川佳樹総東京長は、「人命に関わるかもしれない」「息子さんは外国で立派な活動をしている。あなたは息子がどうなってもいいのか」などと言って矢野氏を畏怖させた。

 ②黒柳明元公明党参議院議員外2名は、平成17年5月15日深夜矢野氏宅において、彼らの求めに従わなければ何をされるか分からないという異常に切迫した表情で畏怖し、矢野氏の30年余の重要な政治活動に関する記載がある100冊近くの手帳を持ち去った。

 ③平成17年4月頃から、身元不詳の多人数グループが班編成で交代しながら、矢野氏の自宅近くに監視カメラを設置するなどして監視し、矢野氏や矢野夫人・秘書などが外出する際、4、5台の車両と10名前後の人物が執拗に尾行などする威迫行為を継続している。彼らは地下鉄のホームで矢野氏の真後ろに立ったり、車で十字路に突っ込んできて急ブレーキを踏むなど、矢野氏に身の危険を感じさせる行為を度重ねて行った。

 限界を超えた人権蹂躙 

 これらは矢野氏が直接受けた人権蹂躙行為である。矢野氏は当時創価学会員であった。矢野夫妻・息子夫妻その娘3人が創価学会を退会したのは平成20年5月1日であった。組織には構成員に対する一定の統制権があることは否定しないが、自ずから限界がある。政治活動の自由を制限したり、生命の危機を仄めかすようなことは、いかなる組織といえども許されない。

 公明党の支持母体といわれている創価学会が、何人に対してであれ基本的人権を侵害することは、政治的に重大な事実である。黒白を明らかにしなければならない。矢野氏は一党の委員長まで務めた政治家である。その人が生命の危機を覚えたというのであるから、よくよくのことがあったのだろう。虚偽の事実をいったとしたら、矢野氏の政治的名誉は失われる。裁判とは別に、国会における証言で事実を明らかにする必要がある。

 創価学会首脳が暗殺計画を企図

 もうひとつは、公明党の元書記長・委員長として矢野氏が目撃・関与した創価学会と公明党の関係である。公明党が創価学会のためにどのようなことを行ってきたか、これは政教分離の上からも重要なことである。

 「国会議事堂等周辺地域及び外国公館等周辺地域の静穏の保持に関する法律」で、政党本部周辺は静穏を保持するための規制がある。拡声器などの使用が規制されている。公明党の国会議員が新進党に全員移籍すると公明党本部は静穏地域でなくなる。そうなると創価学会本部がある地域が静穏保持地域でなくなるため、参議院議員だけで「公明」という政党を作ったのだと矢野氏は書いている。事実だとすれば、現代史の第一級の証言である。

 また創価学会首脳が第三者を使い藤原行正元公明党都議の暗殺計画を立てていることを知った藤井富雄公明党都議会幹事長の依頼で、これを止めるように矢野氏が秋谷創価学会会長に要請した、と矢野氏は書いている。事は暗殺である。ぞっとする話であった。創価学会首脳とは一体誰なのか。この事実関係はどうしても明らかにしてもらわなければならない。

 矢野氏は公明党の政治史そのもの

 1970年(昭和45年)の言論出版妨害事件の際、池田大作創価学会会長の証人喚問を阻止するために心血を注いで防戦したこと、国税庁の創価学会に対する2度の税務調査の処理、創価学会の反社会的行動や政教一致体質などについて、公明党の書記長・委員長として体験・目撃したことを具体的に証言してもらいたい。

 公明党と創価学会の関係は、公明党の政界進出の当初から多くの国民は胡散臭く感じてきた。自公“合体・政権で公明党は与党となっている。国家権力を行使している。多くの国民が嫌悪感をもっている。創価学会に恐怖感さえ抱く人も増えている。

 竹入氏と矢野氏は、公明党の政治史そのものである。政教分離の問題を考える上で重要な事実を知っている。矢野氏は“腹をくくって、妨害に屈すること”なく、“国会から参考人や証人として呼ばれたら、喜んで出席”するとのべている。民主政治の確立のため、国会は矢野氏を証人としてどうしても召致しなければならない。
  

Posted by 代表:岩井哲 at 22:34 │Comments(0) │日本の事